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林家こん平さん県民栄誉賞を受ける
故郷への思いを「笑い」に変えて
 
 長岡市出身の落語家で、昨年12月に77歳で亡くなった林家こん平(本名・笠井光男)さんへ
の県民栄誉賞表彰式が20日、県庁で行われた。
 こん平さんは、旧刈羽郡千谷沢村(現長岡市)生まれ。1958年、中学卒業後に初代林家三
平に入門した。1966年放送開始の演芸番組「笑点」の初回から出演し、約40年にわたり大喜
利メンバーとして活躍した。番組内で故郷千谷沢村をもじって「チャージャー村」出身を名乗る
など、地元の話題を盛り込んで話を展開し、新潟の魅力を全国に発信してきた。2004年に多
発性硬化症を患ってからも、たびたび本県を訪れ、自殺防止活動に精力的に取り組むととも
に、毎月1回の定期公演や落語絵本の読み聞かせを行ってきた。これらの「笑い」を通して、
県民に希望と活力を与えたことが評価されて受賞に至った。

長男・笠井雄作さんが表彰状と記念品を受け取る

 表彰式には、こん平さんの長男・笠井雄作さん(50)と弟子の林家うん平さん(61)が参加。花
角英世知事は「落語家として県の魅力を笑いに変え、全国に発信してくれた」と功績を称えた。
こん平さんの代わりに表彰状と記念品を受け取った雄作さんは「父もとても喜んでいると思い
ます。ありがとうございます」と涙を浮かべていた。
 表彰後、雄作さんとうん平さんは、花角知事と歓談。地元をこよなく愛したこん平さんの活躍
や、努力を惜しまない姿勢などについて語りあった。
 花角知事が「笑点の番組の中でも徹底的に新潟、越後、コシヒカリを宣伝していただきました
よね」と振り返ると、故郷への思いは「(普段から)あのままです」と雄作さんは笑みを浮かべな
がら話す。落語の導入部分である「枕」で必ず新潟のことについて触れるほど地元を愛してい
たという。

長岡の皆さん、こん平を愛してくれてありがとう

落語家を目指すきっかけとなったのが、農作業中にラジオで聞いた初代林家三平の落語だっ
た。
幼少期の戦争体験や兄弟と一緒に苦労してきた経験を背景に、前座時代から「よく働く」と評
判だった。表舞台では明るいキャラクターを見せ、裏では負けず嫌いで努力を続けるその姿
は、今もなお弟子たちから慕われている。
このほか、新潟の訛りを直すために英会話スクールに通った話や、入門時に米俵一俵を担い
できたというエピソードまで披露されると、歓談の場は一層和やかさに包まれた。
 歓談後、うん平さんは「師匠が県民栄誉賞をいただけて本当に嬉しいです。天国にいる師匠
が『やったよ、チャラーン』と言っているのではないかな」とこん平さんのギャグを交え、笑いを
誘った。
雄作さんは、闘病中に痛みを耐えながらも笑みを浮かべるこん平さんの写真を広げながら「私
は元気だから心配しないでよ。私がいなくても大丈夫だから頑張って」と話していたことを打ち
明けた。最後に地元の方に向けて「長岡の皆さん、こん平を愛してくれてありがとうございまし
た」と感謝の気持ちを述べた。

長岡市も感謝状を贈呈

県民栄誉賞は、県民に敬愛され、希望と活力を与える功績のあった個人や団体を称えるも
の。長岡市出身の元競泳選手・中村真衣さんが2000年のシドニー五輪で銀メダル等を獲得
したことを契機に創設された。これまで、同市出身で歌手の三波春夫さんら8人、1団体に贈ら
れている。こん平さんの写真は、他の受賞者と並んで、県庁秘書課の待合ロビー入り口に掲
示される。
磯田達伸長岡市長からも20日、こん平さんのこれまでの功績を称えて感謝状が贈られた。



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