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シリーズ「組合探訪」

第3回

中越鋳物工業協同組合

その1

70年の伝統と誇りを掲げる

長岡は明治中期に東山一帯で石油が湧出した。石油は明治期の産業界に貢献し、長岡
に工業の基盤を形成した。さらに北越鉄道などが開通し、三国街道、信濃川水運の交通
の便とあいまって、石油産業の中心地として長岡は活況を呈した。これに伴い、石油掘
削機械の製造や修理の需要が生まれ、機械加工や鋳物業などの基盤技術が発達した。

かでも、鋳は複雑な形状を一体型で作り出すことで産業機械の主要部材を生産。当時
の石油産業を支えた。

石油が枯渇した現在でも、機械鋳物を生産する鋳造工業は、「中越鋳物」として、地域の技
術基盤を作った。労務、経営改善などを図って、地元にとどまらず関東圏をはじめ広くその名を
高め
長岡の基幹産業であり続けている。

シリーズ「組合探訪」第3回は中越鋳物工業協同組合(鉄工町2・遠藤正浩理事長)をお届
けする。


「中越鋳物工業協同組合」(鉄工町2)は1957(昭和32)年11月、材料の共同仕入
れ、技術力の向上、情報の共有化を目指して創立した(県知事認可)。来年、70周年を
迎える。
現理事長の遠藤正浩氏(渇涛。鋳工所代表取締役)は、1960(昭和35)年
9月19日生まれの66歳。10代目の理事長である。

現在の組合加盟社数は、小千谷、三条両市の組合員を含め20社。また、下部組織に「中
越鋳物青年研究会」(高崎晋司会長)があり、次世代を担う若者13人が活躍している。


長岡工業界の発展に尽力

日本に鋳物技術が伝わったのは弥生時代と推測され、当時の銅鐸や銅鏡、銅剣などが出
土している。飛鳥時代以降は各種の器や仏像も鋳物で造られた。鋳物は、工業界はもと
より、長岡の繁栄に対して多大な貢献を果しており、地場産業としての誇りと長い歴史
がある。工業界はもとより、長岡の繁栄に対しての貢献度は多大なものがある。

 今日まで、オイルショックや円高による不景気、バブルの崩壊など様々な経済不況があ
った。そのような歴史的な背景の中、同組合は地域の技術向上の基盤づくりをすすめ、
さらに、労務や経営の改革などを図った。組合員相互がお互いに切磋琢磨し発展させて
きた。今では日本の鋳物産地の主要な一つとして「中越鋳物」が広く認識されている。

 遠藤理事長は、「当組合は地元だけではなく、広域の産業を支える大切な役割を持って
いる。70年近い歴史を誇りにし、この気概を次の世代に継承。新たな歴史のページを加
えていかなければならない」と常に自信を持ちながら意を決している。


約1500度の高温で溶かして製造力

鋳物はおよそ100年前から養い続けてきた技術。約1500度の高温で溶かした鉄や
銅、アルミニウムなどの金属を、砂などで作成した型に流し込み、取り出した後、冷や
して固めた金属製品だ。適正で効率的な生産能力が発揮できるように、全組合員は常に
心掛けている。鋳物はその製造過程が「鋳造」となる。複雑な形状の製品を比較的容易
に作ることができ、自動車部品や農業機械部品など、幅広い分野で利用されている。

以前は、新町や神田周辺の市街地に工場が集結していた。この当時の鋳造は、塵(チ
リ)と埃(ホコリ)を生み出す溶解炉(キュポラという)にコークス(石炭を蒸したも
の)を燃やし金属を溶かしていた。

しかし時代の変化と共に環境問題が重視され1991(平成3)年、市が宮下町に「宮下地区鋳
物関連工業団地」を造成。溶解炉を電気炉にすることを条件に、以後10社が移転操業した



(つづく)




                       
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