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シリーズ「開物成務」

第1回

北越印刷

その2

創業明治9年

活字による情報発信を続けて150


 

北越印刷鰍ヘ、デジタルと従来の印刷技術を融合させながら最新の印刷技術を駆使し
て、地域社会の文化に貢献している。

来年、創業150年を迎える名門企業である。目指すところは「みんなの幸せを追及す
る」こと。この課題を常に掲げトライし続けている。

 そこで同社社長の高山宏明氏(61、長岡出身、佐藤松雄会長から社長職を継承して11年目。
7代目社長)に話を聞いた。



郷土の文化発展に活字で貢献

終戦後、焦土と化した長岡で業務を再開した北越印刷。当時は電力事情が悪く停電に悩
まされながら昼間は休業し、夜間に印刷機を動かす時期もあったという。それでも仕事
は山のように入った。

そこで、金属を溶かして活字にした活字鋳造機を備えた。当時の印刷会社ではまだ珍し
かった。これなら活字はいつも新品であり、発注元に対しては摩耗の無いきれいな活字
を常時提供できる。

さらに、新聞社経営時代に培った正確な校正が評価され、官庁や金融機関から休む暇な
どないくらいに、大量の仕事が舞い込んだ。反面、民間の仕事を受ける事ができず、
「殿様商売」だと市民からは批判を受ける日が続いた。

1955(昭和30)年、東京六本木に東京出張所を開設し、対中央官庁の営業拠点と
した。元新聞社という事もあって、取引先からは信頼を高める事が出来た。当時、東京
から仕事を請け負っていた印刷会社は、県内にはほかになかったようだ。

1985(昭和60)年、当時の広井継之助社長は、手狭になった本社社屋を柳原町か
ら福住1に新築移転をし、新規受注・売上げの拡大を図った。このとき同時に新潟日報
長岡支社も福住に移転している。

戦災直後の当時を思う時、高山社長は「当時の社員は、焼け野原の中に建てたバラック
小屋の中で、焦げ跡の残る印刷機を探して分解修理。その印刷機で復興に向けて再出発
した。その強い精神力を我々は誇りに思う。先人たちが残してくれた歴史をしっかりと
守っていかなければならない」と感慨を新たにしている。


「文化のにおいがする広告を作れ」と檄

本社移転後の収益はあまり上がっていなかったようだ。広井社長(当時)は社員を鼓
舞させるために、社員の誕生会を毎月社長室で開いた。「社内たより」で待遇改善策へ
の理解を訴えた。さまざまな方策を尽くした。

当時は労働運動も激しかったようだ。

65(昭和40)年には新潟営業所を開設。72(昭和47)年には、印刷会社としてはまだ
珍しい広告代理部門を立ち上げた。広井社長は当時、「文化のにおいがする広告を作
れ」と指示を出して社員を鼓舞した。

以後、上越営業所開設、東京営業所を拡充、六日町営業所を開設した。矢継ぎ早の展開
だった。その間に2005(平成17年)当時、取締役本部長だった佐藤松雄氏(現会長
)が6代目の社長に就任し、「業態変革」を掲げる。

(つづく)






                       
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